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映画コラム「ときどき揉め事がある(ときモメ)」
〜昭和館での甘酸っぱい思い出〜


txt.赤田りんたろう
(ミリオン出版「GON!」1999年5月号)

 名画座、と呼んでいいのか少しためらわれる映画館なのだが、新宿に昭和館という大変素敵なコヤがある。
 この昭和館を純粋に名画座と言えるのかという点について、ズバリ言ってしまうと、ここはヤクザ映画しか上映しないンですわ(地下はポルノオンリー)。
 高校時代の僕は(ここで一人称が私から僕に、だ・である調から、です・ます調に変わる)「おフランス映画なんざ退屈で観てらんねーンだよ!カンケーネーヨ!バッキャロー!邦画万歳!」とトンガッていたんですが、ある時、恋をしたんです。
 その女の子はフランス映画にかぶれて小生意気な映画論をぶち、僕に対しサブカルチャーという言葉を初めて発した娘でした。そしてスタジオボイスを小脇に抱え、ピチカートファイブの「女性上位時代」を聴いてました。今思えばそんな別の惑星の生き物と、なぜデートすることになったのか不思議です。
 あれは忘れもしない、正月の三日。僕は以前から、是非とも彼女をこちらの世界に引き入れるため「仁義なき戦い」シリーズを全部観せようと考えてました。都合の良いことに「仁義なき戦い・総集編」というプログラムが昭和館でやってるではないですか。
 待ち合わせて昭和館に行くまでの間、彼女が「ゴダールってタイクツだけどステキ」と言えば、僕は「ベイダーとビガロ、どっちが強いと思う?」と、まったく噛み合わない会話でなんとなく盛り上がってました。
 しかし、昭和館の前まで来ると、彼女は「ここ?」と不安そうに眉をひそめたのです。下のポルノ映画館(同じく昭和館ではあるのだが)では愛染恭子特集をやっており、それを見たんですね。「違うよ」と僕は彼女の手を引き、しかし同じ建物の別の入り口から僕らは昭和館に入りました。今思えば彼女はちょっと抵抗したような気もしますね。
 昭和館の客層は「そのスジの人」と「そのスジの人に見える人」と「ギャンブル系酔っ払い」と、いずれも新宿ストリート系の方々で構成され、映画を観終わると、皆さん肩を怒らせ目つきを鋭くして出ていきます。そんな客席で心細くなったのか、彼女はいつになく僕に身を寄せてきました。
 映画はいきなり原爆雲のスチルと重厚なナレーションから始まり、血と銃弾、暴力と陰謀の渦巻く世界が展開しました。隣をチラと見ると、彼女はスクリーンを凝視してました。しめしめ夢中だぞ、と僕はほくそ笑みましたが、今思えば、あれはもう既に僕の顔を見たくなかったのかもしれませんね。そして菅原文太(当時、僕達の高校の理事長だった)が「山守さん、タマはまだ残っとるがよ」と言う場面で、前の席に座っていたオジサンが、ウゲー、と酒くさい吐瀉物をブチまけたのです。
 よくあることなので、しょうがないな、と思いながらも僕は金子信夫(マイ・フェイバリット・ナンバー1)の演技に夢中でした。三時間三十分という大作が終わって、彼女は「ちょっと」と言うとトイレに行きます。トイレの前で待っていると、男子トイレはオジサン達が列を作って混んでました。と、後から来たオジサンの一人が、躊躇なく女子トイレに入ると、それにならって他のオジサン達もドンドンそっちに入っていくではありませんか。そうです。昭和館に女の客は皆無です。女子トイレという区分そのものがムダでしかないんです。
 彼女の「キャッ」という小さい悲鳴が聞こえました。涙ぐんでトイレから出てきた彼女は、僕のことを見もせずに昭和館から走り去りました。高校を卒業するまで、彼女と僕は口を利くことは無く、彼女は「邦画ってサイテー」と発言してました。そして僕が女の子とデートする際に「男と女のいる舗道」とかをチョイスするようになるまでにも、まだもう少し学習と成長する時間が必要でした。
 でもオレは間違ってねえ!と思います。

 追記。その後、クエンティン・タランティーノが台頭すると、彼女は深作欣二を評価するようになったという。どうも釈然としないね。

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