トップページ

ヨコシマな散歩3

txt.赤田りんたろう
(レゾナンス「Tokyo Jammin'」2000年10月号
オシャレ雑誌で堤幸彦監督と並んで連載してたコラム。
毎回渋谷をテーマにしている)

 渋谷駅から歩いて3分ほどのところに、
「イランショップ」
 という看板があった。
 恐らく、イランの食材などを扱った店なのだろう。看板を掲げたビルの前で、しばらくキョロキョロしながら辺りを見ていたが、誰もこの看板を眼にとめる人はなかった。渋谷を訪れるマジョリティにはまったくの真空地帯のようだ。
 そこでわたしは雑居ビルの5階にあるその店へ入ってみようと思った。階段をのぼり、雀荘や飲み屋のフロアを通り抜ける。店の扉についているガラス窓から店内をうかがうが、よくわからない。思い切って足を踏み入れることにした。
「入国管理局だ!」
 と、言いながら入店するのは、冗談として面白くないなあ、などと考えながらドアを開けた。店内はかなり広く、予想通りイランの食材が半分を占めていた。昨年のザクロエキスブームの名残りか、日本語パッケージのザクロエキスが山積みになっている。
 店には店主と思しきイラン人が一人。客はわたしだけだった。店主はわたしを認めると、
「イヤッシャイ」
 とニッコリ微笑んだ。ケンカが強そうだ。つまらない冗談を言ってたら殴られるところだったかもしれない。
 店の半分はイランの新聞・雑誌とビデオ、CDのコーナーだった。
 注目はビデオ。棚におよそ1000本以上はあるだろうか。そのほとんどが、ダビングしたテープで、紙のラベルが貼られている。すべてアチラの文字で書かれているので、どんな映画なのかサッパリわからない。レジの横には大きなモニターがあり、その下にはビデオデッキが16台も置かれていた(数えました)。ダビング量産体制は完璧だ。
 棚の最上段に、製品パッケージのビデオを見つけた。タイトルは読めない。
「コレ、どんな映画なんですか?」
「んー、革命前の映画。これ、有名な俳優。今、みんなアメリカ。ハリウッドの映画に出ている。もうイランにいない」
 恥を忍んで告白するが、実はわたしはイラン革命がいつなのかを知らない。いや、というか、ともかくこの店主はわたしの質問意図を理解してくれなかったようだ。どうにもラチがあかないので、とりあえずこのビデオを買うことにした(今思えば、アレはむこうのテだったのかもしれない)。
「いくらですか?」
 すると、店主、眼をつぶり、
「うーん…、2500円!」
 考えて値段決めんのかよ。とも思ったが、相手はケンカが強そうなので黙って財布から金を出した。棚を見ていたら、日本のアニメと思しき絵のパッケージのビデオが出てきた。絵に見覚えはあるのだが、タイトルが思い出せない。
「これ、日本のアニメでしょ?」
「チガウチガウ。イランの古いアニメーションね。言葉もペルシャ語」
「…あ、そう」
 なにせ、アッチはケンカが強そうなのでコッチは逆らうワケにいかない。すると彼氏、ナニか勘違いしたみたいで棚の奥を探りはじめた。
「子供むけのビデオ欲しい?」
「はあ」
「これ、イランの子供むけのビデオ」
「あ、テレビ番組?」
「チガウチガウ、これ、タート」
「パ、パードン?」
「タート。やってる場所。わからない?」
 結局それが、劇場(テアトル)収録である、ということが言いたいのだと分かったのは15分後だった。店主は「ゲキジョウ」という日本語をノートにメモして満足げだった。しかし、わたしが知りたかったことに答えていないということは、最後まで分からなかったようである。恐らくこのあと、さっきからずっと気になっていた「イランのポルノビデオはないか?」という質問をしたとしても、徒労に終わっただろう。

 家に帰って早速ビデオを見た。映画の内容は、暴れ牛を殺した主人公が、なぜか町から追い出され、怒って手斧と銃で人を殺しまくる『八つ墓村』みたいな話だった。

▲目次へ
Copyright (C) RINTARO AKADA. All Rights Reserved.